2009年01月11日

ブレードランナーファイナルカット





21世紀の始めアメリカのタイレル社は

人間そっくりのネクサス型ロボットを開発

それらはレプリカントと呼ばれた



なかでもネクサス6型レプリカントは

体力も機敏さにおいても人間を遥かに超え

知力はそれを作った技術者に匹敵した



レプリカントは宇宙植民地での危険な労働や

他の惑星の探検などに使われていたが

あるときネクサス6型レプリカントが反乱を起こし

それをきっかけに

人間は地球に戻ったレプリカントの抹殺を開始した



ブレードランナーはこれらレプリカントを

識別し、処分する特捜刑事である



この処分は死刑ではなく、解任と呼ばれた





ロサンジェルス

2019 年 11 月
















以前、映画「ブレードランナー:Blade Runner」についてレビューを書いた時、5つのバージョン違いな話が存在するのですが、大塚は、ラストの展開が、人間である主人公とレプリカント(アンドロイドのこと)であるヒロインが逃避行するバージョン以外は気に入っていないと書きました。



それを撤回しようと思います。



まずは、これまで私が述べていた「ブレードランナー」についての思いをお読みください↓


http://yootsuka-switch.seesaa.net/article/72668988.html





はい。


読んでいただけましたでしょうか?




約半年前の記事とはいえ、恥ずかしい内容です(*^〜^*;)


ちゃんと確認せずに想像だけで書くとこうなりますね。





まぁ、つまり大塚は、バディとデッカードの関係の変化や、レイチェルとデッカードの逃避行に、他種族間の相互理解や自分探し→アイデンティティの確立というカタルシスを感じていたんですねぇ。



確かにファイナルカット版や最終版のデッカードが実はレプリカントだったということになると、他種族間の相互理解という部分が弱くなりますからねぇ。



しかし、まぁ、同族間でも一個の個人と個人、パーソナルとパーソナルも言ってみれば、他文化同士と言えるでしょう。



そういう意味では他種族間の相互理解といえないこともない・・・(^^;)






まぁ、言葉遊びは置いておいて・・・もし、あなたがこれまで信じてきた価値観や、あなたの存在意義を否定され、これまで生きてきた人生を強制的にリセットされたら、どうしますか?



いわば、あなたという存在の縁(よすが)を、根こそぎ失うことになります。



縁(よすが)というのは、身や心のよりどころです。



この縁(よすが)なくして生きる目的も、目標も、希望も、存在意義も、あったもんじゃありません。



ほとんどの人は、突然それまでの人生を否定され、アイデンティティを喪失し、すべてをリセットせざるを得なくなったら・・・おそらく絶望してしまうんじゃないでしょうか?





Bladerunner.fordblue.jpg



ファイナルカットのデッカードは、自身が人間ではなく、実はレプリカントであったという事実によって、自身のアイデンティティを喪失します。


しかし、デッカードは絶望しませんでした。


それはなぜか?


彼には、もう一人アイデンティティを喪失した女性型レプリカントであるレイチェルが居ました。


二人で生きるという、選択肢が残っていたのです。




bladerunner-dandr.jpg



「独りじゃない」というのは、本当に人間にとって、生きるうえで必須なことです。



独りじゃない。



それが、デッカードにとっても、レイチェルにとってもアイデンティティ喪失によって訪れる残酷な運命を絶望することなく受け入れることが出来た最大の理由でしょう。





BladeRunner-kiss.jpg




しかも、(レプリカントには、リミッターが付いていて、製造日から寿命が決まっていることから)一見未来のない逃避行のように見えるラストシーンですが、これは、実はそうではなく、デッカードとレイチェルは新しいレプリカントのアダムとエヴァとして新しい一歩を踏み出したというラストシーンなんだと思います。



それはなぜかというと、映像特典とか色々とあるんですが、二人は寿命のない新型のレプリカントであるという設定や、「私たちは“対”で作られたと思う」という台詞があったりします。



何よりも、人間として生きてきたレイチェルに、実は彼女がレプリカントであることを告げ、それまでの彼女の人生を粉々に打ち砕き、アイデンティティを奪ったのがデッカードであるということは、新しくレプリカントとして生きる彼女を創造したのも、デッカードということになります。



つまり、アダムに因って生まれたエヴァとの対比になっています。





失楽園によって、それまでのアイデンティティを失い、途方にくれながらも、人類の祖(新しいアイデンティティ)となったアダムとエヴァ同様、デッカードとレイチェルも、アイデンティティを喪失した者同士、手を取り合って生きるということで新しいアイデンティティ(レプリカントの祖)を手に入れることになるのではないでしょうか?



あのラストシーンは、そういうことだと思います。












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posted by 大塚陽一 at 21:13 | Comment(1) | TrackBack(0) | 生きるスイッチ
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この記事へのコメント
大塚様

コメント有難うございます(^◇^)
大塚さんの記事をしっかり拝見しました。

結果として私は、ハッピーエンドのものとファイナルカットは観ていないようです。

個人的にはハッピーエンドよりも、苦難が待ち受けそれに挑戦していくラストシーンが好きです!

そしてハリソンのレプリカント説。

私が観た内容の中で印象深いのは、
ハリソンがユニコーンの夢を見たり、ラストシーンで追跡者から、ユニコーンの折り紙を置かれる場面。

これもハリソンがレプリカントだったという事ではなく、例えば過去にレプリカントと恋した人間がいて非恋ドラマがあった。

その象徴としてユニコーンが絡んでおり、ハリソンは夢で思い出し、追跡者はハリソンに知らしめる為に折り紙を置いた。

なんて想像して楽しんでおりました。

こんな風に解釈の分かれる映画は面白いですね。

その時々の各人の解釈でいいんだと思います。
(監督もきっとそうだった・・・?)

大塚さんの以前の記事は、ブレードランナーへの情熱がほとばしっていて、楽しかったですよ♪



Posted by ミモキチ at 2009年09月20日 21:32
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