彼女のドレスはブルーベルベット
それより青い夜のしじま
サテンより滑らかな星の光
彼女のドレスはブルーベルベット
それより青い彼女の瞳
五月より温かい彼女の吐息
愛は僕らのものだった
【ブルーベルベット】
リンチ好きと公言していたわりに、リンチ作品初レビューになりますね。
これは、デヴィッド・リンチ自ら温めた脚本を使った監督三本目の作品です。
リンチ作品のお馴染みカイル・マクラクラン、ローラ・ダーン、イザベラ・ロッセリーニ、ジャック・ナンスという顔ぶれに、アルコールと薬物依存のリハビリから復帰したばかりのデニス・ホッパーを迎えた、リンチにしては分かりやすいストレイトなストーリーといわれている作品ですが、なんのなんの、リンチ好きから言わせるとやっぱり「見た目と違う」一筋縄ではいかない作品になっちゃっています。
お馴染み・・・といえば、本作品からアンジェロ・バラメンティが音楽で参加、「ツインピークス」でメインタイトルを歌った歌姫ジュリー・クルーズも「愛のミステリー」で参加しております。
また、「ジョン・ウーといえばハト」、「リンチといえば木材とハイウェイ」と言われて(誰から?)いますが、それもこの頃からちゃんと、しっかり描かれています。
「ブルーベルベット」のストーリー:「暗闇だ」「ぶって!」
卒中で倒れた父親の入院を期に、ジェフリー・ボーモントは、大学を休学して、生まれ故郷である田舎町、ランバートンに帰郷した。
父親を見舞った帰りに、野原を通りかかったジェフリーは、切断された人間の片耳を発見する。
問題の片耳を、父親の友人である、ジョン・ウィリアムズ刑事の元に届けたジェフリーは、それが縁でウィリアムズ刑事の娘、サンディと知り合う。
ウィリアムズ刑事の話を盗み聞きしたサンディによると、今回の事件には、ドロシー・ヴァレンズなるクラブ歌手が、関係しているらしい。
好奇心を覚えたジェフリーは、事件解決の手がかりを得るため、ドロシーが暮らすディープ・リヴァー・アパートの710号室に無断で侵入する。
クローゼットに身を潜めたジェフリーが、そこで垣間見たのは、ドロシーが、謎の人物、フランク・ブースと共に繰り広げる、倒錯的な性行為の一部始終であった。
この事をきっかけに、ジェフリーは徐々に、隠されていた世界へと、引きずり込まれていく。
はい、ブルーベルベットのあらすじをご紹介しましたが、確かに一見分かりやすく明快なサスペンスストーリーになっていますが、実はストーリーを実際にジェフリーの身に起こったこととして考えるとおかしなことばかりなのです。
ここから先は、ネタバレを含んだ内容になりますので、ネタバレが嫌いな方は、ぜひ本編をご覧になってから先にお進みください。

「ブルーベルベット」の解説?解読?リンチ好きの感想
:「眠りの精はお菓子のピエロ毎晩こっそりやってきて星の砂をまいて囁く“おやすみ何の心配も要らないよ”」
さて、映画「ブルーベルベット」を実際に起こったこととして捉えるとおかしなことばかりだと申しあげましたが、では、実際にあったことではないのか?というと、私は実際にジェフリーが経験した事件ではなく、ジェフリーの夢想、あるいは妄想を描いた作品だと思います。
なぜかというと、そう考えないとおかしな点がたくさんあるからです。
いくつか挙げたいと思います。
まず、ジェフリーが拾った耳を父親の知り合いである刑事に届ける所まではいいとして、その後、ジェフリーはウィリアムズ刑事と共に監察医のラボに同行し、鑑定結果を拝聴するシーンがありますが、一般人が監察医のラボまで同行して鑑定内容まで知るということは、いくら刑事の知人の息子だからといってありえません。
通常なら耳を受け取って何かあったらまた事情を聴きたい時に呼び出されるのが普通で、興味があるからといって事件の情報や真相を刑事が漏らすことは皆無であるといえます。
また、後日待ちきれなくなったジェフリーは夜、ウィリアムズ刑事の自宅を訪ね、ひとしきり事件の話を聴いた帰り際に「サンディ(ウィリアムズ刑事の娘)によろしく」と言って玄関を出るのですが、表の道に出る時に闇の中から登場したサンディと、「大学生?うちの高校の卒業生よね?」と初対面の挨拶を交わします。
これではジェフリーがサンディの存在は知ってはいても、面識はなかったということになってしまいます。
しかし、ウィリアムズ刑事に「サンディによろしく」と言ったことをウィリアムズ刑事は何の疑問も抱かず受け入れています。
これは現実と夢想、あるいは妄想がない交ぜになっている証拠のひとつだと思います。
また、サンディが闇の中から浮き出るように唐突に現れる登場の仕方にも現実味がないのはジェフリーの夢想か妄想だからでしょう。

次に、サンディから事件の重要参考人として挙がっている歌手ドロシーのアパートに進入するシーンですが、アパートのエレベーターが故障しており、階段でドロシーの部屋のある7階まで歩いて上がるのですが、7階まで徒歩で上ったというのに息切れひとつしていません。
これはジェフリーだけではなく、サンディもフランクも、誰一人として息切れしながらドロシーの部屋のある7階に上ってくる登場人物は居ません。

・・・などなど、色々おかしなシーンがあります。
中でも極めつけはオカマのベンがクチパクでパフォーマンスする曲が「IN DREAMS(夢の中で)」というところ。
この曲の歌い出し、「眠りの精はお菓子のピエロ」というフレーズは、フランクとベンの会話の中にも出てきますが、リンチ(私刑)中のフランクがご丁寧にジェフリーに念押しします。
曰く
「いいか!眠りの精はお菓子のピエロだぞ!」。
耳を拾ったことから事件にのめり込んでいったジェフリーですが、耳の穴にズームアップして入り込み事件に巻き込まれ、事件終結後ジェフリーの耳のアップから大団円へとシーンは進みます。
拾った耳が右耳で、目覚めるジェフリーの左耳、つまり右耳から始まり左耳で終わるという形で事件の始まりと終わりを暗示しているということは、やはりすべてはジェフリーの頭の中での出来事、或いはジェフリーの夢だったということなのでしょうか???
実は、ことはそう単純ではありません。
そこはリンチのリンチたるところ、ただの夢オチではないということです。
実は、ジェフリーは実際には大学生ではなく、もっと幼い、もしかしたら小学生か中学生程度の子供なのではないかと私は考えています。
つまり、これは大人の世界に足を踏み込む心の準備が整っていない段階の子どもが、ふとしたきっかけから大人の世界を垣間見たことによって、無理やり大人の世界をつきつけられて狼狽しながらも、大人の世界に対する好奇心から、ちょと背伸びしている子供の妄想を描いた作品だと思うのです。
その根拠となるシーンを、またいくつか挙げたいと思います。
まず、入院している父親を見舞いに行く道をトボトボと歩くジェフリーの歩く姿や、道端の小屋目掛けて石を投げてみる所、サンディと出会って打ち解けるために話す内容(世界一舌の大きな子の話)やニワトリの歩き方を真似して見せるところ、大学生にしてはなんとも幼稚な様子が見て取れると思います。

また、フランクがドロシーをサディスティックに責めるシーン。
これも見ていておかしいと思いませんでしたか?
フランクが果てるシーン、ただ服をはだけて寝ているドロシーの上に乗っかって微動を繰り返して果てるフランク。
AVじゃない一般的な視聴者向けの映画なんだから、しっかりコトを描かなかっただけ・・・なのでしょうか?
これは、思わずそういった情景の断片を目撃してしまった子供が不明瞭な部分をイマジネーションで補足しながら考えたラブシーンを表現したのではないでしょうか?
だから抽象的で、ぜんぜん具体的ではないのです。

また、事件自体がまったく具体的な展開がなく、途中出てくる麻薬取引をしていた犯人の死体が登場するシーンも、窓から身体を半分投げ出しているマンガチックな構図ですし、フランクを張っている車の中で撮影するカメラも凝って少年探偵物に出てくるような工作カメラを作成しています。
フランクが途中意味もなくマスク然としたマスクを被って変装していますが、まったく変装する必然性のない相手向けに変装をしています。
すべてが荒唐無稽。
子供の妄想だと思う所以です。
ジェフリーが子供だと確信できるシーンは、実は冒頭からあります。
この物語はジェフリー目線で進みます。
もう一度、本編オープニングを見返していただきたいのですが、冒頭抜けるような青空から白い柵に赤いバラ、消防車から手を振る消防士、白い柵に黄色い花、横断歩道を渡る子供達、そのすべてが低い視点からのショットであることに気付かれると思います。

そうです。
目線が低いのです。
子供の目線といっていいのではないでしょうか?
それに、消防士が手を振ってくれる相手って、やっぱり子供ですよね?
仮に大人に挨拶するとしたら、手を振るというより、手を上げるとか、ウインクするとかになりますよね?
このオープニングとラストに流れる同じシーンからも、ジェフリーが実際は大学生ではなく子供であるということになります。
さて、そうなるとラストシーン、ジェフリーが目覚めてからのシーンの説明はどうなるんだと言われそうですが、これは、ジェフリー目線の物語ですから、他者から見た実際の自分像(パーソナルアイデンティティ)ではなく、自分から見た自分像(エゴアイデンティティ)で描かれているのです。
理想の自分、在りし自分。
ウィリアムズ親子がジェフリー家で一緒に居るのは事件が実際にあって、それが解決したからじゃないか?というご意見もあるでしょう。
事件やその経過が映画で描かれた通りなら、ジェフリーとサンディは恋人同士です。
しかし、よく見ると、このラストシーンの二人は恋人同士にしてはよそよそしく、愛と平和を運んできたコマドリを見るシーンで、通常ならキスのひとつもするところですが、キスはおろかハグさえもしません。


また、ジェフリーの母親とサンディの母親がソファに腰掛けて語り合っているシーンがあるのですが、この二人がそっくりで、まるで姉妹のように見えます。
これは、まったくの想像ですが、ジェフリーの母親とサンディの母親は姉妹で、ジェフリーとサンディもイトコ、憧れのサンディと家族を登場人物に、いつも行くなと注意される「リンカーン通り」や、いつも母親が見ているサスペンスドラマ、ある晩目撃、或いは耳にしてしまった両親の秘密(劇中フランクとジェフリーの父親がリンクするシークエンスがあります。加えて裸でジェフリーの家の前に居たドロシーの姿を見てサンディのボーイフレンドは「お前(ジェフリー)の母親か?」と尋ねるシーンがあります。つまり、父親の象徴=フランク+母親の象徴=ドロシー?)などの断片を集めて、いかにもな登場人物に当てはめて夢想した物語、それがブルーベルベットだったのではないでしょうか?

本作品のようにオープニングと同じシーンがエンディングに流れるリンチの「ロストハイウェイ」で、こういうセリフがあります。
「物事が実際にはどう起こったかどうかではなく、自分がどう記憶しているかの方が私には大切なんだ」

※リンチ自身は、自身の作品を分析することに意味はないと嫌っているので、この解説というか、解読が的を得ているかは何ともいえませんが、こうやって考察を深めてみると、色々と楽しみが深まってきますよね。
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映画「ブルーベルベット」の詳しい解説 とても興味深く読ませていただきました。すごく面白かったです。
今朝 ラジオを聴いていて その中で ロイ・オービソンの「オー・プリティ・ウーマン」がかかり、この映画も大好きなのに この歌を歌ってる歌手のことあまり良く知らずに来たなぁと思い ググって見たところ 彼の歌った「In Dreams」という曲が ブルーベルベットの中で歌われているということが判り、もしかして、それは”眠りの精はお菓子のピエロ・・・・」の歌か?となんとなく閃いたので この言葉で調べたところ 大塚さんのこのブログに辿り着いたというわけです。今から20年以上前 いろいろ日常生活でつらいことがあり、現実逃避として 当時NHK‐TVでやっていた「ツインピークス」にドップリはまっていました。カイル・マクラクランが当時好きで レンタルビデオでこの「ブルーベルベット」を観ました。いろんなところが不可解な映画だなぁと思っていまして、今日に至るまで デビット・リンチ監督の倒錯映画くらいにしか思っていませんでしたが、大塚さんの解説を読んでなるほどなーと いろいろ共感するところが多くありました。ずいぶん前に2度くらいしか観なかった割に いろんなシーンが強烈に頭に焼き付いています。ゲイバーでオカマが口パクで歌う「In Dreams」は、youtubeで聴くと、なんだか当時聴いた曲とは 違うような気がしました。勝手に頭の中で違うイメージに作り変えていたようです。でも、結構あのシーンも好きでした。なんにしても、大塚さんの解説、とても説得力があって、感心させられました。今日はじめてこちらのブログを訪問させていただきましたが、これからじっくり読ませていただきたいと思います。過去記事でもコメントOKとありましたので、勇気を出して書かせていただきました。ありがとうございました。
コメントありがとうございます。
とても、とっても嬉しいです♪
私も、「ツインピークス」にドップリはまって、それからリンチ作品を観るようになりました。
みすどさんと同じですね。
私も若い頃は単純な事件をみょうちくりんに描いてるだけの映画と思っていましたが、この歳になって観てみると、同じ「ブルーベルベット」なのに、全然違う印象になったので、思わず記事にしちゃいました。
そういえば、今年、「ツインピークス」の続きが放映されますね、日本放映に間に合うように「ツインピークス」の記事を書きたいと思っています。
勝手気ままに書いているブログですが、これからもよろしくお願いいたします!
コメント本当に嬉しかったです!
他にも立ったまま死んでいる死体(音に反応して腕も反射で動く)や夜の描き方など、現実とはかけ離れた、しかし本能的な恐怖や嫌悪感を感じさせるシーンも印象的ですね。
この後のロストハイウェイなども見るに、二度寝してでも続きが見たいようなよく出来た悪夢を視聴者に見せる、そのための最低限の基本設定は一応あるけど、説明も辻褄合わせもしないよって監督ですしね
はじめまして!嬉しいコメントありがとうございます。
返信が遅くなり、申し訳ありませんでした。
久しぶりにブログを開いてみて、とても嬉しいコメントをいただいていたので、ここ数日の疲れが一気に取れました(^^)
>他にも立ったまま死んでいる死体(音に反応して腕も反射で動く)や夜の描き方など、現実とはかけ離れた、しかし本能的な恐怖や嫌悪感を感じさせるシーンも印象的ですね。
おっしゃる通りと思います。
>この後のロストハイウェイなども見るに、二度寝してでも続きが見たいようなよく出来た悪夢を視聴者に見せる、そのための最低限の基本設定は一応あるけど、説明も辻褄合わせもしないよって監督ですしね
そうですね、リンチ監督は別に心理学とかまったく考えておらず、瞑想からヒントを得て映画を撮っているそうですね、それも凄いことだと思います。
これからも、どうぞ、よろしくお願いいたします。